紫堂のとりあえず日記

漫画家、紫堂恭子のつれづれ日記です。 仕事のこと、美味しいもののこと、好きな野球のこと、ペットのことなど。

2006-11

「いじめる子供、隠す大人」…

HPには、漫画作品のことや、できるだけ楽しい話題を
書こうと思っているのですが。
このところの「いじめ」報道をずっとみていて、
私も一言書きたい気持ちになってしまいました。

漫画家になる前、教育学部で教師を目指していたし、
ごく短い期間ではありますが、臨時採用の教員も勤めました。

ある中学校にいたときですけど、若い先生が生徒に殴られて
鼻を骨折してしまいました。
すぐ病院に行かなければならないひどい怪我でしたし、
血が車に飛び散ると化学反応を起こして、拭いてもとれないことを
その時初めて知りました。

その子は相談室で他の先生に指導を受けたと思いますが、
もちろん警察にも通報はしないし、
事件として公にすることもありませんでした。

公にしないことが「子供をかばうこと」「将来のためになる」
と考える教師は今でも多いと思います。
また、事件になれば大変な数の授業が「話し合い」や「人権・道徳学習」にさかれ
ただでさえ遅れている授業の妨げになるというのも現実でしょう。

でも、私はその時も、そして今でも、
子供だからといって自分のしたことに向き合わせないのは
ぜったいにその子のためにはならないと思っています。
必要なら警察でもカウンセリングでも、助けを借りるのは恥ではないはず。

いじめられた子には、学校での安全対策と心のケアがすぐにも必要ですが、
10のうち9までの時間は、「いじめた子」の指導に当てなければ
自分のしたことに向き合わず、罪悪感もないまま、
自分のストレスを他人にぶつけて解消する悪習慣がついてしまいます。
大人になってもこれが直らなければ、将来のためどころか…。

今の学校は、たとえれば本末転倒の消防署のようです。
「火災の予防」に必死に取り組み、力を注ぐけれど、
いざ本当に火の手が上がると「あんなに予防に頑張ったんだから
火事なんか起きるはずがない」と言って消火しようとしない。

教育委員会も、教師の取り組みを評価するのに、
「道徳の授業何時間」「命の大切さについて話し合い何時間」
「報告書の提出何回」といったはかりかたでは何も向上しません。
家庭訪問や個人指導にさくはずの時間を、
教師から奪ってしまうばかりです。

当時から、学校現場ではこういう考え方は少数派だったので
たぶん今でもそれほど変わっていないんだろうと思います。
忙しすぎる先生達や、学校に通うことにおびえている子供達、
悪いことをしても放置されて感覚がマヒしていく子供達。
「見て見ぬふり」をすることには、いったい誰に得があるんでしょうか。

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